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2022.6.19

思うこと

ガイダンス

 

「何のために小学校へ通うのか・・・?」
「何の役に立つのか・・・?」
「大人たち(学校の先生たち)が教える授業をキチンと受けていれば、
  僕の将来の夢はちゃんと叶うのものなのか・・・?」

当時(昭和59年~平成元年)小学生だった私は、
そんな疑問を抱えながら、毎朝ひとり歩道の小石を蹴飛ばしながら登校していた。

 
少年が小学校へ通う目的は限られていた。

「図工」「体育」「給食」「放課後のサッカークラブ」あとは
「好きな女子に会いに行く」くらいだったかな・・・

 

 

振り返ってみれば
周りのお友達よりもやや成熟した考えをもった子供だったのかもしれない。
感性が強かった(鋭かった)と言ってもいい。

いわゆる感覚が刺激されない授業、自己表現が一切必要とされない授業、
ただただ「概念を詰め込まれるだけの学習」は、自分にとって苦痛でしかなかった。

そのうち高学年ともなれば
クラス担任からは「今のうちにここを理解しておかないと、中学生になったらまずいぞ!」と
よくわからない理屈でもって発破をかけられ、さらに概念を詰め込まれていく・・・。

 

こっちは、そんなことどうでもいいんだ・・・

はやく僕たちが生きる目的、勉強する目的の『 ガイダンス 』をしてほしい・・・
(ガイダンスって単語すらまだ知らない頃だけど)

 

ホントは何のための授業なのか、
役に立つのか、
大人になって何を目標に、何のために働くのか・・・

ここの説明がまったく無い。

そこのガイダンスが無いままで、学習のスイッチなんて入るわけないよ・・・
ならばサッカーボール蹴ってた方がまだいいよ。

 

 

今でも忘れない。

そんな調子のまま中学1年にあがった私は、春先の最初にあった授業参観での
授業テーマを知って愕然とした。

自分の性格なんかを自己分析しながら、
将来自分が成りたいと思う職業をひとりづつ発表する、というものだった。
(教室の後ろには親たちが並ぶお決まりのシフト)

・・・なんなんだよっ!て思ったね。
とにかく腹が立った。

いままで僕ら一人ひとりの個性を見出す授業は一切無しで、
今更そんなテーマをこちらへ投げ掛けてくるんだったら、小学1年の頃からそういう授業をしてくれよっ!!!
完全に親たちへ向けたゴマすり授業だ、酷すぎる! 学校なんて勝手なもんだ!

ってね。

 

 

 

そんな偏屈な子供だった私も、いまや小学2年の娘をもつ父親となった。
(父親をやらせていただいている、が正解)

毎日夕方、娘と一緒に風呂に入りながら
頼まれてもないのに一方的に彼女へガイダンスを唱える・・・(笑

 

『 自分の大好きなこと、得意なことを将来お仕事にしたらいいよ・・・ 』

 
『 その得意なお仕事でもって、人の役に立つことが君の人生だ・・・ 』

 
『 自分の得意技をキメて、感謝の気持ちと一緒にお礼としてお金を頂戴する。
  そのお金で自分の家族たちに美味しいご飯を食べさせる。
  それがきっと生きる目的とか喜びになるよ・・・ 』

 
『 小学生のうちは学校の宿題をちゃんとやっていれば大丈夫。それと本をたくさん読んだ方がいい。
  あとは近所の公園へ行って、汗だくになるまで遊んでおいで! 』

 
『 小学生と中学生のお勉強は、食パンで言えばパンの耳だ。
  今はまだボソっとしてあんまり美味しくないけど、ちゃんと意味があるんだ。』

 
『 高校生から先のお勉強は、自分がなりたいお仕事を目標にして、そのお勉強をはじめられるよ。
  ここからが食パンの真ん中だ!とっても美味しくなるよ! 』

 
『 いまのうちから、将来どんなお仕事したいのかよ~く考えておいて!
  色んなお仕事があるから、パパも一緒にしらべてあげるよ! 』

 

 

 
子供たちの澄みきった眼差しを
いつだって、我々大人たちは見くびっちゃいけない。

 

 

 

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